生命倫理、正義論に足りないもの

関根清三 20090930 「宗教と倫理の相剋の時代に」,『宗教研究』83-2,191-213

 「殺すなかれ」という戒めは、キリスト教十戒や仏教の五戒等に共通し、宗教が認める、否、総じて人間が社会生活を営む際の、普遍的な倫理のはずであった。しかし現代の宗教は、一神教同士の抗争において殺し合いを是とするかのようであり、ポアと称して教団に都合の悪い人間を殺した。宗教は倫理を蔑し、これに剋とうとする。191<192倫理は倫理で宗教を剋して自律的な原理を求め、現代の応用倫理は、社会生活のルール作りに自己の課題を限定しているように思える。現代は、宗教と倫理が共に自律性を主張し、相互に対立する、両者相克の時代である。

 従来、両者が乖離していたのは主として、倫理が主観客観図式を超えぬ偽物の神を追い落とそうと次元の低い宗教批判を繰り返していたからに過ぎず、また宗教が自己を絶対化して他者との共生の理路を無視する越権行為に出がちだったからではなかったか。倫理に対しては、主観客観図式を超えた本物の神を探索し、人間存在の不可欠の要素を均衡よく取り入れた探究が求められようし、また宗教に対しては、他者に対する応答責任性を果たし、そう202<203して共生の理路に抵触しないような、自己相対化の用意が担保されなくてはなるまい。

「足りない」というか、「倫理=社会生活のルール」という考え方自体が改められなければなるまい。